U.Ge Lab コラム

椿カホルのつぶやき ー幸せの風景「鎮魂」ー

はじめまして、椿カホルと申します。私の長年の友人が、U.GeⓇという研究会で活動していて、リアルにU.GeⓇなんだからあんた書きなさいよ、ということで、皆様にお目にかかることとなりました。私は12年周期を5回転し、今、六周目を歩いている最中でございます。お題が「幸せの風景」ということで、つらつらと過ぎ去り日々を振り返ってみました。これまでシアワセ~とか、So Happy!とか叫んだことは多々ありますが、本心で申し上げていたわけではございません。単なるノリというか、喜びを端的に伝えるツールとして「シアワセ」を連発していただけでございます。その場にいた方々には申し訳ないお話でございますね。なぜ、本心ではないかと言いますと、私自身、幸せとは何なのか実のところよく分かっていないのです。幸せは分かるモノではなく感じるものなのよ、と、これを書いているそばで友人が耳打ちします。そうか、感じるもの…。さらに過去をたぐってみます。胸がポッと温かくなる感じですよね。誰かの思いやりを受けて、ありがたいとしみじみ感じた時とか、逆に、誰かから感謝されたときとか、あ、最近は小さい子供が夢中で遊んでいるところとか見ると涙が出てきます。なぜでしょうね。これもリアルU.GeⓇあるあるな話でございますね。夢中と言えば、若いころは絵を描くことに夢中でございました。絵筆をたぐっていると、そのうちにゾーンに入るわけでございます。よくスポーツ選手がゾーンに入ったとか何とかいうあれでございます。どの色を使うか、どの筆を使うか、意識以外のところで勝手に手が動くのです。無我夢中、三昧の境地と申しましょうか、そういう時間は、最近はめっきり減ってしまいましたが、そんな時間はとても幸福だったような気がします。さて、くだらないことばかり書いてごめんなさい。お題に戻りましょう。幸せの風景でしたね。この写真は昨年の6月に私が実家で撮影したものです。芍薬の花びらです。父が植えて、母が大事に育てていました。ようやく花開いたと母が電話口で言っていたことを思い出しました。救急隊員から連絡を受けて病院にかけつけた帰り、実家のテーブルには芍薬の花びらが散っていました。母の携帯電話には一枚だけ大輪の芍薬が映っています。写真の撮り方を教えたことはなかったのに、きっと必死で撮影したのだと思います。一週間後、母は旅立ちました。芍薬の花は、母にとって父のもとへ行くための、もしかしたら幸せの風景ではなかったかと、私にとっては父と母を想う幸せの風景になったなと思っています。

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