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ポピュラーミュージックとファッションカラー(前編)

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音楽とファッションの関連性は昔からよく指摘されています。有名なところではジャズからきたズート・スーツや、ロックンロール&ロカビリーからきたロッカーズやフィフティーズと呼ばれるファッション、その後のロック世代からは長髪(ロン毛)、サイケデリック、モッズ、パンク、ニュー・ウェイヴ、ヘヴィメタ、グランジなど、実に様々なファッションが飛び出しています。近年ではヒップホップ・カルチャーからも、ファッションはかなりの影響を受けていると言えます。
新しい音楽とファッションは常に若者を中心として繁栄し、音楽アーチストはその中でファッションの広告塔的な役割も果たしてきました。ただしそれは、消費者に音楽アーチストへの憧れや尊敬があってのこと。今日のように「親近感のあるスター」が増えてしまった音楽産業界(特に日本の)においては、さほど影響がなくなってきていることも事実です。
しかし、ここ数年、復活した往年の海外ポップ・スターたちが、次々と大ヒットを放っている状況や、そのファッションに興味を持つ若者が増えていることから、まだまだエッセンスとしてはファッションにも影響が残って行きそうです。
そこで、もう1度それら音楽から影響を受けたファッションの歴史を振り返り、現在の音楽とファッション・カラーの関係なども探って行きましょう。

ポピュラーミュージックの定義

Popularとは、Classicに対し一般的で大衆的なという意味があり、Popular Musicは「広く親しまれる洋風の歌や音楽」(広辞苑・岩波書店)だと言えます。また、「【ポピュラー音楽】クラシック音楽に対して、娯楽性を持ち、気軽に聞いて楽しめる音楽の総称。ジャズ・ボーカル・ロック・フォーク・イージーリスニング・映画音楽など。」(日本語大辞典・講談社)とあるように、「その時々の流行の音楽」と捉えても良いでしょう。時代と共にこういった流行音楽は変化するものですが、中でも歴史上ファッション界に大きな影響を与えた音楽は「ジャズ」と「R&B」と「ロック」でしょう。
「ポピュラー・ミュージック」という言葉がいつ生まれたのかは定かでありませんが、この言葉が広く一般的に認知されるようになったのは、おそらくレコードが発売され、ラジオでジャズなどが頻繁に流れるようになってからのことだと思われます。SPレコードが開発されたのが1944年のことですから、そのあたりかもしれません。

ジャズとブルースの1920〜40年代

20世紀初頭(日本ではまだ戦時中)の音楽シーンでは、アメリカの黒人達の間で流行していたブルースやニュー・オリンズで生まれたばかりのジャズに注目が集まり、白人達もそれを真似て一大ブームを巻き起こします。もともと港町ニュー・オリンズには多彩な人種が集まり、様々な文化が入り交じっていました。そこで手にしたヨーロッパの楽器を、黒人達が葬送パレードのブラス・バンドで演奏するようになったのがきっかけで、ジャズが生まれたようです。(参考:「Amazing Jazz」ジャズの歴史)
その後、ジャズはシカゴへも広まり、当時黒人達の間で流行していたブルースやラグ・タイムといった音楽と混ざり合って、40年代〜50年代頃には、スイング・ジャズ、ディキシー・ランド・ジャズ、ビ・バップ、モダン・ジャズなどへ広がりをみせ流行のピークを迎えます。
(ジャズの歴史をもっと詳しく知りたい方はこちらのサイトをご覧ください→「Amazing Jazz」)

ジャズ・スーツ(Jazz Suit)

JazzSuites.gifファッション分野に音楽の名前が登場するのは、1920年代初頭にアメリカで流行した「ジャズ・スーツ」あたりから。しかし、これは音楽がファッションに影響を与えたというより、逆に当時流行していたいた音楽がジャズであったために付けられた呼称と言えそうです。ジャズ・スーツとは、胸から腰にかけてはタイトフィットし、腰から裾にかけては極端にフレアーを持たせた丈の長いナチュラル・ショルダーの上衣に、丈の短いやや先細り気味の細身シルエット・パンツを組み合わせた上下服、もしくは三つ揃いの背広服のこと。(右のイラスト参照)

ズート・スーツ(Zoot Suit)

kingcolequintet.jpgズート・スーツとは、1940年代前半にアメリカで流行した不良少年達のファッションで、ジャズ・バンドのリーダーをしていた「ハロルド・G・フォックス」が作った俗語と言われています。ズート(Zoot)とは、もともとジャズ用語で演奏に対する「合いの手」あるいは演奏者への「かけ声」を意味していましたが、それが転じて「先端な」「いかれた」という意味を持つZootieへと変化し、Zoot Suitへと発展したようです。
その特徴は、厚いパッドで固められた広い肩、強い胴絞り、膝まで届きそうな長い丈、フレアーを持たせた裾、幅広の衿、変わりポケットといった上着に、胸まで届きそうな深さの股上、尻から膝までがゆったりとし、その先から裾までが極端に先細りなったシルエットのパンツが組み合わされます。
またこれに、広いつばの帽子を極端に傾けてかぶったり、派手な色・柄の靴下を履き、異常に長いキーチェーンをたらしたりすることがオシャレであったようです。
スーツに使われた生地は、派手なジグザグ縞やラメ入りのストライプ、あるいは変わり織りのウーステッドが大半で、黒、ブルー、緑、赤茶、紫みのグレーなどが使われていました。ワイシャツはピンクや紫、薄緑やゴールド・ブラウンなど色物が中心、ネクタイも派手な配色によるプリント柄シルクであったといいます。

  • 1920〜40年代に活躍したファッショナブル・ミュージシャン
  • ジャズ:デューク・エイリントン、フランク・シナトラ、リー・モーガン(女性に銃殺される)、ナット・キング・コール
  • ブルース:ロバート・ジョンソン(浮気相手の夫に毒殺される)

クール・ジャズとロックンロールの50年代

ポピュラー・ミュージック界は、世界的にみればクール・ジャズとハード・バップ(アドリブ主体の激しいジャズ)、カントリー・ミュージック、R&B、ロックンロールなどが共存していた時代でした。20世紀初頭に生まれたジャズは、1940年代末期に頭角を現すジャズの帝王マイルス・デイヴィスによって、モダン・ジャズ時代へ突入。一方、ゴスペルやブルースをルーツに持つR&B(リズム・アンド・ブルース)、その白人版とも言えるロックンロールがこの頃生み出され、新しい音楽として若者を中心にもてはやされました。
50年代半ばには一時ラテン音楽やカントリー・ミュージックなども流行しますが、ロックンロールの勢いは止まることなく、そのままロカビリー、そして60〜70年代に大ブームを巻き起こす様々なスタイルのロックへと発展します。

日本のポピュラー・ミュージック・シーン

この頃、戦後復興間もない日本では、まず進駐軍のラジオから流れてくるジャズ・ソングに注目が集まり、しだいに国内の歌手たちがまねてスタンダード・ジャズを唄いはじめ、'52~'53年に空前のジャズ・ブームを巻き起こします。
1950年にナット・キング・コールの「モナリザ」が大ヒットしてジャズが注目されると、'52年、パティ・ペイジの全米No.1ソング('50年12月〜1月)「テネシー・ワルツ」を江利チエミがカヴァーして大ヒット。その後ジョージ川口とビッグ・フォーや笈田敏夫などの国内スターも続々と生まれ大活躍しました。
1955年頃からは世界的にラテン・ミュージックがブームとなり、日本でもマンボ・ダンスが大流行。それと前後してエルヴィス・プレスリーが新しい音楽(ロックンロール)を伴って世界中で大ブレイク。映画(プレスリーは'56年頃から積極的に映画出演を開始)の影響もあり、もちろん日本でも一躍大スターとなりました。また、58年には「第1回ウエスタン・カーニバル」が行われ、ロカビリー人気が大爆発。そこに出演した山下敬二郎、平尾昌晃、ミッキー・カーチスが、当時「ロカビリー三人男」として持てはやされました。

ボタン・ダウンとポロ・シャツ

mlestones.jpgより進化したジャズ・サウンドは、黄金期を迎えいっそうの広がりを見せますが、中でもファンションに深く影響を与えたのは、「クール・ジャズ」(クールとはカッコ良いという意味)や「ウエスト・コースト・ジャズ」「ハード・バップ」と呼ばれる、ジャズ界の帝王マイルス・デイヴィスを中心にした一派で、彼らは当時流行し始めたアイビーを取り入れたカジュアルなファッションでキメていました。

jimmysmith.jpg特徴としては、ボタン・ダウン・シャツやポロ・シャツなどをノーネクタイで、ベルトなしノータックのストレート・パンツに合わせていました。シャツはチェックを中心とした柄物が多く、ポロ・シャツは赤や緑などの原色調が目につきます。

ジャイビー・アイビー(Jivy Ivy)

sonyrollins.jpgジャイビーとは、ジャズ用語のJiveからきたアメリカの俗語で「からかい半分」「ハデハデしい」という意味で、ジャイビー・アイビーは「いかれアイビー」「茶化しアイビー」と訳されるようです。
特徴としては、ジャケットの衿にビロードをかぶせる、袖に折り返しを付ける、胸ポケットを省略する、ポケットの上にさらに小さな小銭入れ用のポケットを付けるといった変わったデザインが施され、シングル四つボタンまたは、ボタン間隔の極端に開いた二つボタンや三つボタンのものが中心でした。
こういったファッションがジャイビー・アイビーと呼ばれるようになったのは50年代の終わりで、その時期出現したファンキー・ジャズ(モダン・ジャズの一種で、ブルースやゴスペルに根ざしたサウンドのジャズ)のアーチスト達の多くが、このファッションを取り入れていた影響が強っかったということです。また、こうしたファンキー・ジャズの流行から、「ファンキー族」「ファンキー・ルック」という俗語も生まれています。
ファンキー・ジャズの代表的なアーチストには、ソニー・ロリンズ、アート・ブレーキー、クリフォード・ブラウン、マックス・ローチ、ホレス・シルヴァーなどがいます。

ロックン・ローラー(Rock'n Roller)

elvisplesley.jpgいうまでもなくロックンロールを演奏または唄う人を指しますが、その大スターであるエルヴィス・プレスリーの出現と、ちょうどその時期に活躍したジェームス・ディーンなど若手映画俳優たちの影響により、若者のファッションは大きく様変わりします。すなわち、不良ファッションが大ブームとなったわけです。
それまで作業着であったブルー・ジーンズをファッションの一部として取り入れ、革ジャン、Tシャツ、レーヨン素材のジャンパーなどを上衣にコーディネイトするという、今では当たり前な服装ですが、当時としてはかなり斬新なファッションであったようです。

ロカビリー・ファッション(Rockabilly Fashion)

jerryleelewis.jpg50年代後期に流行したロックンロールとヒルビリー・ミュージック(大衆音楽を取り入れた民族音楽)を合成した音楽をロカビリーといい、有名アーチストでは、ビリー・リー・ライリー、ウォーレン・スミス、カール・パーキンス、ジーン・ヴィンセント、ジョニー・バーネット等がいますが、ファッションとしてはロックンロールとロカビリーの境は無く、ロックンロール的な気分の服装を総称してロカビリー・ファッションと呼びます。(ロックの歴史をもっと詳しく知りたい方はこちらのサイトをご覧ください→「Rock Princess」)
全盛期の彼らは、皆リーゼントの髪型に派手で悪趣味なステージ衣装を着ることによって、不良イメージをさらにアピール。真紅のショールカラー・スーツ(首回りに巻き付いた感じで織り帰っている衿のスーツ)、コンバインド・ジャケット(身頃と袖が別素材になっているジャケット)、ホワイト・プラッグド・シューズ(白の蓋をかぶせたスリッポン・タイプの靴)などがその代表例といえます。
また、日本でも56年にプレスリーの「ハート・ブレイク・ホテル」が大ヒットしたのを契機に、ロカビリーが大ブレイク。「ロカビリー三人男」と呼ばれた平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎を中心に、かまやつひろし、守屋浩、小坂一也、水原弘らが大活躍し、彼らが着ていた真紅やピンクのフランネル・ブレザー、股上の深い白のスラックス、白のタオル地製ポロシャツ、赤や緑、黄色など原色調の派手な靴下にロカビリー・ブーツ(縁飾り、黒のステッチ、ひも飾りなどをアクセントにしたビニール素材の中深靴)の組み合わせなどを真似たファッションが流行しました。

  • 1950年代に活躍したファッショナブル・ミュージシャン
  • ジャズ:ソニー・ロリンズ、マイルス・デイヴィス、ジミー・スミス、ジョージ川口、笈田敏夫
  • ロックンロール&ロカビリー:エルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、ジーン・ヴィンセント、平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎

モッズとサイケデリックの60年代

ロカビリーを含むロックンロール・ミュージックが若者を中心に世界規模で広がりを見せ、50年代末期には、もはや音楽業界全体の中でも無視できないほどの大きなマーケットを築くに至りました。そこで、しだいにポップス歌手までがそういった流行を取り入れ、ロックンロールのリズムで歌い出し、さらにそれに合わせて踊る「ツイスト」や「ジルバ」も世界的に大流行。そんな中、女性のファンションにも初めて音楽が大きく影響を及ぼすこととなり、ポニー・テールの髪型やおヘソの上で結んだシャツ、アロハ柄のフレアー・スカートなどが流行します。
また、アメリカでは50年代後半、カントリー・ミュージックから派生したフォーク・ミュージックという新しいジャンルの音楽が生まれ、60年代初頭にはジョーン・バエズやボブ・ディランといった大スターも出現しますが、こちらは古着やジーンズの普及に一役かっています。

また、60年代初頭にイギリスで流行したブリティッシュ・ビート(マージー・ビート)のバンド群から抜け出したビートルズの圧倒的人気により、ビートルズの一挙手一投足が世界中で注目され、若者たちのファッションにも大きな影響を与えました。
もともとビートルズは「ロッカーズ」ファッションに身を包み、小さなクラブでロックンロールをカヴァー演奏する普通のバンドでしたが、正式デビュー時には当時としては珍しくオリジナル曲を持ち(普通のバンドは専任の作曲家の曲を演奏していた)、「マッシュルーム・カット」と呼ばれる独特のセミ・ロング・ヘア・スタイルで、当時の若者たちに強烈なインパクトを植え付けました。その後ビートルズは、モッズ、ヒッピー、サイケデリックなど、自らのファッションにも次々と最先端トレンドを取り入れ、解散する1970年まで若者文化を牽引しつづけました。
その他、60年代にはアメリカの西海岸から現れたビーチ・ボーイズなどのサーフィン・ミュージック、R&Bの専門レーベル「モータウン」周辺のソウル・ミュージック(ジャクソン5、シュープリームスetc.)なども一時期ヒットチャートを賑わせています。

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日本のポピュラー・ミュージック・シーン

日本では60年代前半、アメリカン・ポップスの全盛期で、それを日本語で歌う「和製ポップス」が大流行しました。また、ツイスト(ロックンロールに合わせて踊るダンス)の世界的ブームを受けて、日本でも60年から63年頃までツイストが大流行。それと前後するように、ベンチャーズやビーチ・ボーイズが大ヒットし、エレキ(エレクトリック・ギター)・ブームも巻き起こりました。そのブームは、さらにビートルズの爆発的人気によりバンド・ブームへと発展。ビートルズが来日する66年頃から数年にわたりGS(グループサウンズ)と呼ばれる和製ポップ・ロック・バンドが大人気となりました。
また、60年代後半にはフォークも日本の学生の間で受け入れられるようになり、68年頃にカレッジ・フォークとして全盛を極めました。

モッズ(MODS)

manfredmann.jpgイギリスではロックンロールが若者に広く浸透してきた50年代末期~60年代初期、「ロッカーズ」よりもっとクールで知的であろうとする集団が現れ始めました。彼らのスタイルは、一見トラッド風を着崩した洒落た装いで、Vespaのスクーターを乗り回し、音楽はR&Bやスカ、またはザ・フー、キンクス、スモール・フェイセズなどモダン・ジャズやR&Bから発展したロックを好んで聞いていました。モッズ(MODS)の語源はModernistsあるいはModernsの略だと言われ、アイテムとしては、モッズ・キャップ、花柄や派手な色彩のシャツ、ヒップが隠れない短めの丈の三つボタン・ジャケット、かなりスリムで丈も短いノータック・パンツ、ワイドで大きなメタル・バックルを持つベルトなどがあります。
ファッション界での、いわゆるモッズ・ファッションは、1957年にロンドンのカーナビー・ストリートで開店したジョン・ステファンの店から広まったとされます。一般にもモッズが流行した要因としては、やはりビートルズがこのスタイルでデビュー(1962年)したことが大きいでしょう。
日本ではひと足遅く、ビートルズが来日した65年頃からモッズ・ファッションが流行りだし、当時はアイビー・スタイルやGS(グループ・サウンズ)ファッションと混交していたようです。

サイケデリック(Phychedelic)とヒッピー(Hippie)

Psychedelic.jpgサイケデリックという言葉の語源は、精神科医H・オズモンドが考案した、LSD(幻覚剤)の大量投与による人格解放の画期的療法、サイケデリック・セラピーで、その後芸術家達の創造力を高める奇跡の薬だとして、LSDは画家やミュージシャンの間にも広まっていきました。
一方、その頃ヒッピーと呼ばれる、既成の価値観を拒否し放浪をつづける人々も現れ、アメリカのサンフランシスコを中心に、ベトナム戦争反対やマリファナ解禁などを訴える運動を起こし始めました。いわゆる「ラヴ&ピース」を掲げたフラワー・ムーブメントです。彼らはサイケデリックと結びつき1つの文化を生みだして行きます。
1967年、ビートルズがこのサイケデリックをモチーフにしたアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を発表したことにより、サイケは一挙に世界中にも広まり、ロックのみならず、あらゆる音楽がアシッド(LSD)に汚染され、その奇抜なファッションまでもが大ブームとなりました。
その特徴としては、長髪にペイズリー柄や花柄、歪んだ曲線図形などの派手な原色調プリントシャツやジャケットに、ストライプや柄物のフレアー・パンツを合わせ、ブーツ履いているのがロンドン風サイケで、ヒッピー・ファッションを組み合わせ、ベル・ボトム・ジーンズやサンダルでコーディネイトするのがアメリカ風。また、女性のファッションにもサイケ調プリントやヒッピー・ファッションが取り入れられ、ミニ丈の原色調花柄ワンピースにロング・ブーツを組み合わせたり、大きなビーズのネックレスやサングラスをアクセントにしていました。
日本にも68年頃サイケデリックが上陸しましたが、ファッションとしての側面が強く、音楽や思想、本来の社会運動的な意味はなかったようです。

  • 1960年代に活躍したファッショナブル・ミュージシャン
  • ロック:ビートルズ、ピート・タウンゼント(The Who)、マンフレッド・マン、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス
  • ポップス:ポール・アンカ、沢田研二(タイガース)
  • フォーク:ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、マイク真木
  • R&B:ジェームス・ブラウン、シュープリームス

ロックが大衆化した70年代

fillmoreconcerts.jpg60年代末期から70年代半ば頃までのポピュラー・ミュージック・シーンは、ほぼロック1色といってよいほどロックが売れまくりました。特にアメリカ市場を席巻したハードロックやヨーロッパや日本で猛威を振るったプログレッシヴ・ロックの影響は凄まじく、日本においてもほぼすべての若者が何らかの形でロック・テイストを取り入れていたといってもよいでしょう。その一方、大衆化したロックに飽き、最先端トレンドを追う人々の間では、71年から放映させるようになった人気TV番組「Soul Train」に出演するファンクやダンス・ミュージックに注目が集まっていきました。
70年代半ば頃には、ジャズやR&B、ポップス、クラシックなどすべての音楽が、「売れる音楽」ロックの方向へとサウンドを歩み寄らせ、大成功を収めるようになると、ロック本来の「反逆」「反抗」といったカウンター・カルチャー的側面を求めるロック好きの若者の間からは、よりストレートで分かりやすいパンク・ロックが支持されるようになり、従来のクラシック・ロックは一挙に勢いを失いました。

日本のポピュラー・ミュージック・シーン

70年代に入ると、吉田拓郎、オフコース、井上陽水、アリス、かぐや姫といったフォーク界の大スターが生まれ、フォークは大衆化の道を突き進み、しだいにポップス性を増したニュー・ミュージックへと発展していきました。70年代半ばには、カーペンターズ、ベイ・シティ・ローラーズ、オリビア・ニュートン・ジョン、ミッシェル・ポルナレフなどの洋楽ソフト・ロックも大人気となり、徐々に歌謡界にもロック・サウンドを持ち込むバンドが登場しはじめ、キャロルを筆頭に、ダウンタウン・ブギ・ウギ・バンド、ツイスト、チャー、ゴダイゴ、RCサクセションなどが活躍しました。また海外の大物ロック・バンドが相次いで来日するようになったのも70年年代中頃からです。
70年代後半になると海外のフュージョン・ブームを受けて、日本でもフュージョン系のアーティストに注目が集まり、このジャンルでは渡辺貞夫、日野皓正など、世界で通用するレベルのアーティストを数多く排出することとなります。
70年代末期〜80年代半ばには世界的にディスコ・ブームが巻き起こり、日本でも78年の映画(米では77年公開)「サタデイ・ナイト・フィーバー」公開以来、空前のディスコ・ブームが訪れます。

セブンティーズとフォークロア('70s & Folklore)

folklore.jpg70年代に入ると、サイケデリック・ムーブメントの頃から活躍しているロック・ミュージシャンやフォーク/シンガー・ソング・ライターたち履いていたベルボトム・ジーンズやプリントTシャツが日本でもすっかり定着し、若者の日常着として愛用されるようになっていました。74〜75年頃にはヒッピーのファッションを取り入れ、ジーンズをツギハギしたり、ワッペンを貼り付けたりと、思い思いのセルフ・メイドを楽しむことも流行しました。
また、ヒールが極端に高い(20cmくらいあるものもある)ロンドン・ブーツや、それをマネてヒールの高い靴やジーンズ素材のサンダルを履く若者も多く見かけました。
女性の間では同じ頃、木綿などの自然素材で民俗調の柄が入ったロング・スカートに、ヒッピー・ファッションのエッセンスを取り入れ、ビーズのアクセサリー、毛糸の帽子、籐で編み込んだバッグなどを組み合わせたフォークロア・ファッションも流行しました。

ファンク(Funk)

sly.jpgアメリカではジェームス・ブラウンが60年代半ばに生み出したファンクという新しい音楽ジャンルのミュージシャンを中心に、ヒッピーとは対極にある成金趣味的ドレス・アップ・スタイルが流行し、70年代初頭には黒人以外の間にも飛び火しました。
特徴としてはアフロ・ヘアーと呼ばれる天然パーマが伸びて広がったようなヘア・スタイル、大きめのロイド・メガネ(通称トンボメガネ)、スウェードやヘビ革のベスト、プラットフォーム・ブーツ(ヒールの高いブーツ)、派手な色のベルボトム・パンツ、ゴールドのアクセサリーなどを身につけていました。

グラム/グリッター(Glam/Glitter)

davidbowie.jpg近年ではビジュアル系と言われるアーティストたちの元祖で、72年〜74年頃全盛期を迎えました。グラム・ロッカーたちの衣装は、一般大衆へはそれほど影響していないものの、その後のミュージシャンたちのステージ衣装に大きな変革をもたらしました。
グラム・ロックのグラムとは=Glamorous=魅惑的なという意味で、その特徴はラメやスパンコールなどを多用したきらびやかで派手な衣装や中性的な化粧、演劇的なステージなどでした。グラム・ロックの立役者であるデヴィッド・ボウイは、その後もミュージシャンの中のファッション・リーダーとして80年代半ば頃まで音楽シーンをリードしてゆきます。

パンク(Punk)

パンク・ロック自体は70年代初頭にニューヨークのアンダー・グラウンド・シーンで生まれた(本来はアート感覚の強いインテリたちの音楽だった)ものでしたが、その存在がクローズアップされ、ファッションが世界的に広まったのは、75年にイギリスでセックス・ピストルズがデビューしてからのこと。
パンク=PUNKとは直訳すると「若い浮浪者」「よたもの」「不健康な」という意味。
パンク・ファッション(パンク・ルック)は、ファション業界が能動的に音楽を利用した最初の例でもあります。イギリスでヴィヴィアン・ウエストウッドと同じアートスクールに通っていたマルコム・マクラレンが、アメリカへ渡り、ニューヨークのパンク・バンドたちのファッションを見て強い衝撃を受け、イギリスへ戻ってからヴィヴィアンのブティックに出入りしていた街のチンピラたちを集め、そのファッション(破れたシャツ、逆立てた短髪、安全ピンをピアス代わりに鼻や耳に刺すなど)をマネさせてバンドを組ませたのがセックス・ピストルズでした。彼らはろくに演奏もできませんでしたが、そのファッションと暴力的な行動・発言がすぐにイギリス中の大きな話題となり、パンクはイギリス全土を揺るがす一大ムーブメントとなりました。

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  • 1970年代に活躍したファッショナブル・ミュージシャン
  • ロック:デヴィッド・ボウイ、ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)、ブライアン・フェリー(ロキシー・ミュージック)、フレディ・マーキュリー(クイーン)、ジョニー・ロットン(セックス・ピストルズ)、ポール・ウェラー(ザ・ジャム)、ブライアン・セッツァー(ストレイ・キャッツ)、舘ひろし(クールス)、宇崎竜童(ダウンタウン・ブギ・ウギ・バンド)、忌野清志郎(RCサクセション)
  • ポップス:ミッシェル・ポルナレフ、オリビア・ニュートン・ジョン、レスリー・マッコーエン(ベイ・シティ・ローラーズ)、沢田研二、チャー、ピンク・レディ
  • ファンク&ディスコ:スライ・ストーン(スライ&ファミリー・ストーン)、バーナード・エドワーズ(シック)
  • フォーク:ガロ
  • フュージョン:ハービー・ハンコック、チック・コリア、後藤次利(サディスティックス)