JCCクリエイターが語る陶磁器の世界 今田レポート⑨
「茶碗と茶室」
今田 正義
イマダプランニング 代表
茶室は「かげの色(日陰、影)、 庭は「濡れ色・苔の色」
茶碗は「土石の色」、 お茶は「茶葉の色」
菓子は「四季の色」、 懐石料理は「五味五色」
「わび茶色の利休」と「金ぴかの秀吉」
質朴のお茶を趣旨とした利休は瓦職人の長次郎に命じて「黒い茶碗」を
作らせました。
一方、華美、権力の秀吉は「黄金の茶室、金の茶碗」を作らせたのです。
(熱海・MOA美術館に再現されています)
秀吉が利休を切腹させたのは、京都・大徳寺山門の利休の木造が秀吉に
対する不敬に当たるとされていますが、利休についてのエピソードには
「今日は上様がお出かけで、留守のため、黒い茶碗で茶をたてましょう」と
言ったそうです。
つまり、成金の秀吉と、さび色の利休はまるで意見が合わなかったのです。
小説家・美術家の赤瀬川源平さんが秀吉の金ぴか好みを表現する映画
作りの時に、真鍮で茶碗を作ったそうですが、熱くて持てなかったそうです。
「わび茶色」の茶室
大徳寺・高桐院に現存する茶室・松向軒は1600年初頭に茶人武将の
細川忠興(ただおき1563~1645)号は三斉が質素美を表現しています。
「わび茶の茶室の色」は日本伝統色・色名事典・流行色監修より
木枯茶(きからちゃ)、煤竹(すすだけ)、鈍色(にびいろ)の壁と柱、窓枠。
畳はにぶい刈安(かりやす)、障子は淡い卯の花色、日本家屋の色です。
松向軒の茶室、写真の中央奥に「にじり口」。左に曲がった自然木の柱。
畳表と障子紙だけが新しくされて、清潔感を見せています。

床の間に「喫茶去」の掛け軸。「お茶を一杯飲んでお帰り下さい」の意味。
床は茶室の「かなめ」になる場所で、招かれた客は床飾りの掛け軸を拝見
し、季節の花で招く側(亭主)の心配りを感じ取ります。
日本人は季節ごとに「絵」を替えて、天然自然の変化を部屋に取り入れました。西洋では「壁の絵」は壁飾りとして年中同じものを架けっぱなしです。
昔の日本家屋には床の間が在るのが普通でしたが、洋風化の現在では
掘りこたつも縁側も無くなりました。生活空間の変化だけでしょうか。
「茶室の古色、いびつ、ほころび、ゆがみ、」の源流は
日本建築の、日本人の美意識の基になったとされる、室町時代に足利
義政の作った「銀閣寺内にある国宝・東求堂(とうぐどう)」は初期の書院 造りで床の間、出窓があります。
義満の金閣寺に対して、銀閣寺と呼ばれていますが、静寂を好んだ義政
には銀箔を貼る予定は無かったそうです。完成を見ないで亡くなりました。義政は政治的には優柔不断ようでしたが文化面では偉大な足跡を残しています。

「わび茶」を表現した茶室は、茶器を置く水屋(みずや)。 客が茶室へ入る前に待つ玄関・待合(まちあい)。 玄関と茶室を連絡している小道・露地(ろじ)。 とからなり、これらの質素な造りは豪勢な寺院を建てる注意、
費用以上によって作られと、、、東京藝術大学の前身、東京美術学校の校長であった岡倉天心(1862~1913)がボストン美術館東洋部長時代に英語で書いた大和心のやさしを説いた「茶の本」に有ります。
茶室に入る「にじり口」
狭い茶室を狭く見せないために、背を低くし腰をかがめて入る小さな「にじり口」は利休が船宿の「潜り(くぐり)」からヒントを得て、設けたそうですが、朝鮮の古民家に狭い似たような出入り口が在ると故黒川紀章がNHKTVで説明しています。
「にじり口:」は武士も町人も同じく俗世間を離れて、静かに茶室に入るためとされ、長い刀を腰に差していては入りにくいのです。「にじり口」につながる壁に「刀架け」が付けられています。
利休の言葉
利休の高弟の一人・南坊宗啓が書いた「南坊録(なんぼうろく)」の言葉。
「家はもらぬほど、食事に飢えぬほどで満足し、水を運び、薪をとり、湯を沸かし、茶をたてて、仏に供え人にも施し、我ものみ、花をたてて香をたき、
仏祖の行いを学ぶことを、茶湯の本意としている。」
本書は利休流茶道の真髄を知る秘伝書として江戸後期からとくに尊重された。自由国民社刊・日本の古典名著・総解説・384頁より。
ところが別に、「きれいさびのお茶」の流派があります。
「きれいさび」は小堀遠州(1579~1647) 江戸初期の武将で茶を古田織部に学び。遠州独自の美意識で、華やかなうちにも「寂びた」風情を取り入れて、茶湯の和風化を完成させました。
「日本の美は古色に在る」
日本語の「いぶし銀」「枯れる」「しぶい」は色で言えば「灰色、黒、朽葉色
(くちはいろ)、こげ茶、納戸色(なんどいろ)」を連想します。
地味さを超えた「粋(いき)」な色と言えます。
作られたときは派手な着色の仏像が1300年の月日を経て、塗料がはがれ、底光りのする美しい神々しさを今、見ることが出来ます。
平成9年12月9日の朝日新聞に掲載された「法隆寺の国宝・百済観音」
のコンピューターによる再現された極彩色の「素顔原色」に驚かれた方もおられただろと思いました。
以前に小説家・評論家の早坂暁さんが「日本の美は時間の美。苔と言う
自然に生えるものを生かす。庭を作った当時は苔はまだ生えていなかった。
長い時間を経て生まれ変わる」と言っておられます。

高桐院の入り口、静寂の美しさがみずみずしく、俗な心を洗います。

大徳寺・大仙院入り口の井戸、檜の皮に苔・組竹は新しい。