一般社団法人日本流行色協会 JAFCA



JCCクリエイターが語る陶磁器の世界 今田レポート⑧

「茶碗」

今田 正義
イマダプランニング 代表

日本の陶磁器の美、感性の基になっている「茶碗」についてお話を進めます。

まず初めに 「そうなのか、、、」のエピソードです。

 その1 日本的な「おもてなし」の「抹茶」は中国に源流があり、僧の栄西が1190年頃、中国から茶の種を佐賀県嬉野の山に植えたと伝えられています。
ところが源流の中国には「抹茶」の伝統がすたれ、しかも日本に現存し国宝に指定されている茶碗「曜変天目茶碗(銘・稲葉)静嘉堂所蔵」は中国南宋時代に焼造され、輸入し、室町時代以来、我が国第一に格付けされていますが、中国には全く残っておらず、世界中でも我が国に4点伝世するのみです。

 その2 室町時代にポルトガルから布教のために来日した宣教師が母国に報告した文中に「日本人は薄汚れ、ひび割れした器を珍重し、一国一城と交換するほどの高い評価をする」 これを不思議がりました。
 今日でも磁器の場合は白地にきれいな絵が描かれ、斑点や傷の無いものを良しとしますが、土物特有の陶器茶碗では焼成時に、偶然に出来た焼け傷、汚れなどの窯変を「景色」と称し、珍重している事です。
 これは世界に類例が無く、日本独特の美と成っています。何故そうした伝統が有るのかは後日述べます。


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頭にかぶる編み笠状に歪みを作り、三島手と称する絵柄が付けられて、焼成時の汚れと、縁の破損を金でつなぎ修理し、景色と見立てた茶碗です。(三島手は細いへらで絵柄を彫り、白の土を入れた象嵌技法)
 この茶碗の出所は 昭和10年代に鹿児島聯隊長・陸軍大佐だった人の形見分けとして、次女の方から頂いた茶碗です。




 北大路魯山人がピカソへのお土産に「陶器のぐいのみ」を持参したところ、全く興味を示さず、入れ物の桐箱の綺麗さをほめたそうです。これは美の基準が異なるからで、日本陶器の美を理解し、認めたのは英国の陶芸家バーナード・リーチ、丁度いま回顧展を国立新美術館で開いているルーシー・リー(三宅一生さんが我が国へ紹介しました)、文化勲章のドナルド・キーン教授ぐらいでしょうか。

 「茶碗、ぐいのみ」には日本独特の骨董の世界が有ります。

 近頃 TVの番組「お宝」や、数多くの陶磁器のムック誌のお蔭で、一般向け「骨董市」が盛んになり、江戸時代のそばちょく、アンティークコーヒー茶碗など、近頃話題の和装の小物、着物まで範囲が広がりましたが、骨董は非日常の「男のもの」。食器は日常茶飯事の「女性のもの」で、女性で骨董好きは多分男性的な性格の方です。例えば骨董に造詣が深かった故白州正子。


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 骨董好きの著名人の薀蓄を傾けた言葉、文章は非常に多く、骨董が非日常と言われるのは、用の美よりも美術的鑑賞の対象で、視覚と触覚の愛玩物だから。
 「民芸」と言う「言葉」を発案した柳宗悦(やなぎむねよし1889~1961)も骨董的鑑識眼で朝鮮陶器、我が国の東北地方の無名陶工たちが作った生活雑器を「民芸」と呼び世の中へ出しました。
 柳と対立した魯山人(1883~1959)も同じく骨董的感性で自ら陶工に指示し、作らせ、書や絵も描きました。陶工の立場からすれば骨董を作ったのではなく、日常食器をつくったのですが、後年骨董になり、簡単には手の出ない高額になりました。






 骨董に造詣の深かった故小林秀雄は「茶碗、ぐいのみ、徳利は手で撫で回して、楽しむものだ」と言っています。

   骨董品と称される物の条件は
 1、出所が(○○家伝来とか)明確な事。
 2、産地はどこで、作られた時代は何時か。
 3、希少価値とか、用途、傷の有無、値段とかが問われます。



 「骨董品にはニセモノが混じっているからこそ、面白いのだと言う人も居ますが」「贋作でもそれなりの経済価値をもって流通してはいるが、その美的価値はゼロと知るべきである」 (新潮社・やきもの鑑定入門・出川直樹著より)


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 友人の小説家・熊谷敬太郎さんに誘われ、中国・上海・蚤の市で贋作承知で買った茶碗です。
 「店のオヤジは宋代のモノだと勧める。本当にソウならソウトウナ高額モノ」
 人の手による土ホコリが付けられていました。言い値の半額以下に値切り、ホテルに帰って、石鹸液を付けて洗ってみると、淡い白味を帯びた色は蘇州の空を、紅の筆あとは芙蓉の花びらを思わせる、、、美しい茶碗でした。銘を「蘇州」と勝手に付け、楽しんでいます。




  朝鮮・李朝・青磁・茶碗
   
 昭和十年代末に朝鮮から持ち帰ったものを私の父が譲り受けた茶碗です。
 もともと朝鮮ではご飯茶碗として使用されていたのを、日本の武士が文禄(1592)
慶長(1597)の役で出兵し、「わび・さびの器」に見立て珍重しました。
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 青磁と言われる器ですが、磁器ではなく、土物陶器で、焼き物に色を付ける灰釉の中に含まれる微量の鉄分が変化して、発色したものです。






  きれいな茶碗・京都の焼き物

 「一楽、二萩、三唐津」と言われ、三つとも土物陶器製で手触りが暖かく、やさしく、そしてお茶が冷めにくい茶碗です。
 千利休が唱えた「わびさびの粗末な高貴さ」があるのです。
 そんな茶碗の中で綺麗な茶碗が京焼です。
 「精巧にして華麗、洗練されえて、日本美の粋と評価される」(前出、出川直樹氏)
 
 豪放な名人陶工・加藤唐九郎(1898~1985)は京都へ勉強に行くと女っぽくなる。
女性的、華奢な、技巧的な京焼きを嫌いました。


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 親類筋に当たる茶人の形見分けに頂いた物で、底の高台の土色は綺麗なキナリ色。
 金襴手茶碗・京焼き・桃山窯製、現代の作品です。








 次回は「茶碗と茶室」。興味深いエピソードをお知らせします。ご期待下さい。


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