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JCCクリエーターが語る陶磁器の世界 今田レポート③


「磁器の名品」


今田 正義
イマダプランニング 代表

 「柿右衛門様式」と呼ばれる磁器は寛永20年(1643) 初代・酒井田柿右衛門が中国・明代の色絵磁器を研究し、我が国で初めて赤い色を発色させた「赤絵磁器」を誕生させました。
 それから数えて14代目の柿右衛門さん(重要無形文化財保持者)は「伝統とは1~2割の新しい研究を入れてこそ永続する」と言われています。
単に一子相伝の技法を守っているだけではないのです。

 酒井田正弘相談役に 私は聞きました。
「柿右衛門さん」ほどの世界的な有名ブランドを量産し、世界中に何故拡張されないのですか」
 「当窯は技術者を育成するのに30年かかり、量産出来ないし、しないのが特徴です。」 大量生産し、拡張販売するアメリカ的量産型ではなく、少量を作るヨーロッパ的な専門性をかたくなに守られて、今日が有るとの事です。

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柿右衛門様式・色絵花鳥文角瓶
江戸時代にヨーロッパへ輸出し、
金属製の飾り蓋をつけたもの。

佐賀県立九州陶磁文化館蔵
















 「伊万里焼」は佐賀県有田で焼かれた磁器で、製品の多くが隣接する伊万里港から出荷されたために「伊万里焼」と呼ばれ、「初期伊万里焼」は中国製の磁器を手本にした青い絵柄の「染付け」を言います。
 
 中国の明代から清代に移行する当時、動乱が起きて、中国の陶器輸出が止まり、1659年オランダの東インド会社の大量買付けが我が国へあり、今も中世の城館に残る「柿右衛門様式や古伊万里様式の器となりました。

 17世紀末の元禄年間に最高潮に達し、いわゆる元禄文化の芸術が開花し、京都では陶工・尾形乾山や野々村仁清らの活躍があります。
 こうした最高の「用の美」と言われる陶芸が生まれる下地は紀伊国屋文左衛門、奈良屋茂左衛門、鴻池善右衛門などの伝説的な豪商のバックアップがあり、超高級品の需要が最高の供給を生みました。

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 古伊万里様式
 色絵赤玉・雲龍文鉢
 江戸時代中期、
 陶芸最高潮の鉢。

 佐賀県立九州陶磁文化館蔵











 「鍋島」 佐賀県有田の磁器窯を領有する鍋島藩はこの特産品を将軍家、各大名家などへ献上するために1675年伊万里・大川内の山間の秘境へ窯を移し、元禄年間(1688~1704)に技術的に最盛期となり、精緻な孤高の陶芸の様式美を作りました。
 今日にその技を伝承する「畑萬窯」の伝統工芸士・畑石眞嗣さんの言葉 「最高の焼き物を作るために、最新の設備と清潔な環境の工場と、より良い人を育て、すてきな展示室にお客を招くことで、極限までの精細な器を作っています。」

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 色鍋島
 佐賀県伊万里市大川内、畑萬窯
 伝統工芸士・畑石眞嗣作

 色鍋島芙蓉文八角飾り皿




















 次回は陶器(土もの)についてお話します。ご期待下さい。

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